経験を超えて

bon-naoto2006-11-13

自分の経験を自信にし始めたときから、人間は腐り始めるのではないか。「何年やったから」というのは、単なる事実であって、それだけでは誇れるものでもない。むしろそれに慢心し「経験」という足かせから逃れられなくなることの方が恐い気がする。


経験を誇るまでもなく「いま」に全ての答えがある。過去にあった出来事にしがみつく必要はないのだ。自分の「いま」に満足することができればそれで十分だ。


過去の思い出にしがみつくことそのものが、自分を安定させること。でも「いま」に生きるとき、次に何が起こるかわからない不確定な世界に身を置くことになる。「一期一会」とはよくいったもので、別に人との出会いだけでなく、あらゆる瞬間がこの一回だけしかない。次に何が起こるのかも分からない。生きていることそのものがそもそも流動的でつかみどころのない、不安定なものなのだ。


そういう不安定な世界にいたくないものだから、人は頭の中で概念の世界をつくりだし、そこに安住しようとするのだろうか。でも、それはあくまで自分のつくりもの、幻想の世界であって、「永遠に続く(時間の止まった)絶対的に素晴らしい世界」などあるはずもない。


過去の成功、実績、自分が学んだ尺度などで自分や人を評価しそうになったら、そんなものは振り捨てて、今の自分をそのままじっと見つめてみることだ。*1

*1:写真は「AMANO KAZAOTO 高画質館」