2006-01-01から1年間の記事一覧

魂のボディワーク

キーワードは「魂のボディワーク」かな。身体だけを治すのではなく、人間の全てに働きかけるようなワーカーになりたいものだ。魂を揺り起こされるようなセッション。*1 *1:写真は「AMANO KAZAOTO 高画質館」

味のある人たち

よーく思えば、私が出会った人たちは、みんないい味を出している人たちばかりだったなあ。*1 *1:写真は「toshiの写真箱」

内部と外部

15年くらい前に以前に読んだ哲学の解説書に「『外部か内部か』と言った問いそのものが無効であり、『外部』とか『内部』とかと言えないような意味で『外部は内部』なのだ」というくだりがあった。そのときは、さっぱり理解ず、いくら頭で考えてもこの意味が…

失敗など何回やってもいい

しないようにしようと思っても、失敗してしまうのが人間というものだ。でも、一度や二度失敗したくらいで、萎縮して自分を見限ったり、自分を小さくまとめてしまうのはつまらない。失敗など何回やったってたいしたことはない。そこから学ぶことはいくらでも…

楽しさ

「喜怒哀楽」という言葉がある。「喜び」、「怒り」、「哀しみ」といったあらゆる感情の後に残るものは、「楽しさ」ではないか。全てを含んだところにある感情、それはしみじみと身体の奥から沸き上がってくる「楽しさ」だ。 「楽しい」の語源は「手を伸ばす…

意識の枠組み

できる人は、意識の枠組みが細かいのだという。人が1を見る間に、できる人は10や100の変化を見ることができる。細かく見ることができることは、それだけ多くのものを味わえるということ。ほんの僅かな瞬間の中にもきっと実に多くの味わうべきものがあ…

見ているのは

目の前に見えている風景 聴こえている音 自分の中によみがえってくる記憶 過去にすれちがった人々 その時に言われた言葉 思い出して再現される感情、痛み、怒り、喜び・・・・・・でも、全て俺の中で起こっていること 結局見ているのは全部俺の姿だ 外の世界で起こ…

”teacher”よりも”supporter”

本日は、私が習っているボディワーク「ボディ・コーディネーション」の認定試験のため、横浜市日吉のMICASA SUCASAへ。 自分がやりたいことは何なのか、そして、ボディ・ワークで仕事をしていくこととはどういうことなのか。それに直面する試験となった。 思…

人の笑顔が力になる

人が喜んでいるのを見ると、自分も嬉しくなる。人が楽しんでいるのを見ると、自分も楽しくなってくる。単純に人間はそういうものだ。そして、自分の力で人が喜んだり楽しんだりしてくれれば、自分の嬉しさも倍増する。一人で味わうよりも、共有したほうがい…

自然と集中

「自然にやる」とは、意識してできるものではない。人間の根本的な矛盾だろうが、意識しすぎると、余計なところに力が入り、自然ではなくなってしまうのだ。また、「集中力」という言葉も曲者で、周りの景色が目に入らず、音も聞こえないような集中の仕方は…

天才

これまで「天才」という特別なジャンルに分類される存在があると漠然と思っていた。でも、それは正しくもあれば、間違いでもあるだろう。「天才」という言葉で喚起される概念、イメージがある。言葉で表現されるとあたかもそんな世界が存在するかのような気…

自分を知る

クルマでいったら、その能力を最大限に発揮させ、かつ安全に運転するためには、どれくらいの速度が出るのかとか、ハンドルを切ったらどれくらい曲がるのかとか、アクセルを踏んだらどれくらい加速するのかといった基本的なことを知っておく必要がある。 自分…

ゆく河の流れは

「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。」と鴨長明が「方丈記」で書いている通り、川の水に触れることはできるが、同じ水に二度触れることはできない。また、だからといって「川」という存在がなくなることもない。 私が生きている間も、川…

ゆっくりが速い

不思議なもので、物事を速く片付けようとか、速く結果を出そうと思うと、心身に余計な緊張が走り、流れが滞り、思ったほどにうまくいかないものだ。平常心ならば、目に入ってくる光景、聞こえてくる音も入ってこなくなる。心も単調になり、選択肢もせばまっ…

知識と理解

新たに習い覚えた知識は、認識の範囲を広げることもあれば、逆に狭めてしまうこともある。とりわけその知識が自分にとって役に立ちそうな貴重なものであれば、なおさらだ。習い覚えた知識にしがみつくあまり、それ以外のものの見え方ができなくなってしまう…

身体と学問

身体を通して、宇宙の運動を確かめる。自分の身体が、最も身近で最高の実験材料となる。重力は常に働いているし、自分の身体は何十億年の生命の歴史が刻み込まれたDNAの情報が発現した存在だ。よく考えてみれば、こんなに素晴らしい環境はない。 人間が生き…

最高を集めても

最高の素材、最高の調味料、最高の調理器具、そして最高のレシピと全部揃えば、最高の料理ができるのか? といえば、やっぱり答えは否! やっぱり肝心なものが抜けている。 それは「最高のものを作りたい」という心。「最高」とは別に「世界最高」でなくても…

クセに気づく

「これが自分だ」と思っているものって、たいてい「自分のクセ」と同じものだったりする。そして、自分が「自分は自分であり、他の誰でもない」と強く思っているように、自分のクセも、当たり前のように自分そのものだと思っているので、なかなかそれに気が…

「ただいま」と「おかえり」

「ただいま」は「ただ」と「いま」。さまよっていた心が「ただ」「いま」に還ってきたのだ。 そして、そんなときにかけることばは、やっぱり「おかえり」なのだ。*1 *1:写真は「AMANO KAZAOTO 高画質館」

幸せになるためなら何をやってもいい

なんとなく、幸せになるために、決まりやルールがあると思っている。そこから外れたら幸せになれないと思っている。でも、やっぱり幸せになるために決まったルールなんてないし、遠慮することもない。 野口体操の動きも大枠としてのかたちは決まっているが、…

日常こそ修行の場

太極拳や気功、野口体操などのトレーニングは、自分の身体の心の基礎作りのために行うこと。でも、トレーニングの時間だけでなく、日常生活のあらゆる場面にこそそのエッセンスは活かされなければならないし、また、日常生活こそそれら身体技法の格好のトレ…

力を抜く方法

意識して「力を抜こう、力を抜こう」と頑張りすぎると、かえって力は抜けない、ということに気がついた。既にその姿勢にこそ、力が入っているではないか。自然であろうと強く思うその心が自然ではない。それは「力が入っている自然ではない自分」を前提にし…

神意

昨日の続き。 昨日は「生きることに意味などない」と書いたのだが、人間の細胞は、一見意味もなく、ただただ生き続けている。でも、この営みは40億年も前から続いてきたものだ。最初の生命が発生してから一度も途切れることなく、現在まで40億年続いてきた生…

生きることにそもそも意味などない

ただ生まれて、ただ生きて、ただ死ぬ。たったそれだけのことなのに、人はああだこうだとそれに意味を付け加えようとする。色や香りや味をつけようとする。思うようにいかなかったら、自分の人生は失敗だ、意味がなかったと思ってしまう。 そもそも「人生に何…

FLOW

FLOWとは流れること。連続する瞬間の中に身を置くこと。 それはすなわち「いまに生きる」ことを意味している。 静止した瞬間、過去の出来事にとらわれた瞬間にFLOWから外れてしまう。 そして、この流れは、おそらく「呼吸」とも密接に関係している。 水が常…

経験を超えて

自分の経験を自信にし始めたときから、人間は腐り始めるのではないか。「何年やったから」というのは、単なる事実であって、それだけでは誇れるものでもない。むしろそれに慢心し「経験」という足かせから逃れられなくなることの方が恐い気がする。 経験を誇…

そんなに欲しいのならくれてやるぜ!

自分が幼少から刷り込まれてきた「教育のパターン」というものがある。人間は物心ついたときから教育されなければこの社会の中で生きていくことはできない。幼少から狼に育てられた子供は、ある程度大きくなってから人間の社会に入れられても順応することは…

動きは足から

野口体操でもさんざん言われてきたことだが、動きの原動力は実際に仕事をしているところから、遠いほどよい。仕事をしているところが力も出しているようでは、絶対にいい動きは生まれない。 足のアセスメントも同じことで、相手の足を持った自分の手をどう動…

アセスメント

本日は私がスタッフとして勤務予定の「フットサロン 樂久駝(らくだ)」の技術講習会最終日。 手技として、足(脚)の動き具合を見る「アセスメント」を再度教わる。マッサージテーブルに仰向けになっているクライアントの足首を持ち、重さを量り、股関節の…

サイボーグ

何気なくチャンネルを回したら、NHKスペシャル「立花隆最前線報告・サイボーグ技術が人類を変える」という番組をやっていた。機械を身体に埋め込み、身体の失われた機能を補うサイボーグ技術についての特集。 最新の科学技術ってすごいものだ。手足が震える…