西郷隆盛

人生の王道

人生の王道


西郷隆盛は、上野公園の銅像の人で、幕末から維新にかけて活躍した偉人ということは知っていたが、具体的な人となりや、どんな考え方や生き方をしたのかということまでは、よくは知らなかった。


この本を読んで、西郷がどんな人だったのかがよく分かった。一言で言うと「無私の人」である。人民の幸せを第一に実現するために、自分を無にして粉骨砕身の努力をし、国家の平和のために、一身を捧げた人であった。



この本の著者の稲盛和夫さんは、京セラとKDDIの創業者であり、本の内容は、西郷隆盛の言葉を集めた「南洲翁遺訓」の内容を紹介したもの。



「南洲翁遺訓」は庄内藩の人たちによって作られた。庄内藩戊辰戦争では、幕府方であり、西郷率いる官軍とは敵対する関係であったのだが、西郷の敗者への配慮に感服した庄内藩の人々が、生前の西郷の言葉をまとめたのである。


リーダーは、組織に属する人を幸せになるように導く存在である。人を利用して自分が利益を得て、いい思いをするものではない。ここを勘違いしているリーダーが非常に多いように思う。会社の経営しかり、教育現場しかりである。


あなたは何を求めているのか? メンバーの能力を伸ばし、幸せにしてあげたいのか、それとも人に命令することで満足したいのか? あるいは、満たされなかった自分の自尊心を人の上に立つことで満たしたいのか? などと問いたくなる人が多いのだ。


西郷の生き方を知り、こんな日本人もいたんだと思い、感動した。明治維新は、「新しい日本をつくる」という情熱に燃えていた人たちによって成し遂げられたが、中でも、西郷の存在は特に大きかったと思う。


時代が明治となり、国も落ち着いてくるにつれ、かつての維新の志士たちも、自分の特権を利用して、妾を囲ったり、贅沢な生活を送るようになる。それを見た西郷は「こんなことのために維新の戦を起こしたんじゃない」と涙を流して嘆いたという。


その後、若い人たちにかつぎあげられ、西郷は西南戦争で生涯をとじることになるのだが、西郷を失ったことは、当時の日本にとっても大きな損失であった。


理想のリーダーについて考えさせられる。自分の名誉とか、利益とか、「自分」に捉われているうちは、大きな仕事はできない。周りの人々のことを思い、組織全体のあらゆるところに気を配ることができるかどうか、そこに懸かっている。


「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るもの也。この仕末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。」(遺訓三〇条)