美しい話をする人

話のうまい人というのがいる。文章のうまい人という人もいる。美しい言葉を使い、闊達に話をするというのは、それはそれで一つの大事な技術であるが、そこには、大きな危うさも含まれている。


ちょっと疑いの眼で見てみる。なぜ、その人はそんなに美しい言葉で語らなければならないのだろうか。そんなにいい言葉を使わなければならない理由は何なのか。そんなにいい話に仕立てあげなければならない理由は何なのか。


その真意は、自分の虚栄心であったり、自信のなさの裏返しであったり、保身であったりする。一見よく出来た話ほど注意しなければならない。