気とエントロピー−生きていることはすごいこと

『<呼吸>という生きかた』(板橋興宗帯津良一 春秋社)というとても興味深い本を読んだ。二人の対談なのだが、板橋さんは禅宗曹洞宗の管長を務めておられる方。帯津さんは、川越で西洋医学中国医学の融合を目指した医療を進めている病院の院長である。帯津さんの病院では、西洋医学の方法論はきちんと押さえつつ、気功や太極拳を取り入れたり、代替医療の方法も数々取り入れておられる様だ。


さて、その中で「気」の話が出てくる。帯津さん曰く「気とはエントロピーの逆の働きをするものだ」とのことである。


エントロピー」とは「乱雑さ」の様な概念で、物理学では「エントロピー増大法則」という法則で知られている。「自然の摂理として、必ずエントロピーが増大する方向に運動が起こる」というものである。


つまり、放っておくと、必ず乱雑さが増してしまうということだ。部屋を放っておくと、自然に乱雑になっていく。勝手にモノが整理されて秩序立ち、部屋が片付く、ということは決してないのである。形ある自然のものもいつかは壊れ、崩れてしまう、と仏教でも言われる。


さて、そこで「気」の話である。「気」とはエントロピーの逆の働きをするもの。つまり、「物事をまとめ秩序立てる働きをするもの」ということになる。


人間に「気」がなくなったらどうなるか。死体になるということであろう。人体がただの水分とタンパク質の塊となる。そうなると、そのまま放置しておけば、あっというまに身体は分解されてしまうのだ。


それが自然の働きである。人間(ほかの生物もそうだが)が生きているということは、エントロピー増大法則に逆らっている大変なことなのである。放っておけば崩れてなくなってしまうのに、自分の身体のかたちをしっかりと維持しているのは、気の働きによる。「気」が「生命エネルギー」と呼ばれる由縁もここにあるのだろう。


人間が生きているということは、実はただもうそれだけですごいということだ。どんなに平凡で目立たない人でも、どんなに変な人でも、どんなに極悪非道に見える人でも、「生きている」という事実は、それだけですごいことなのだ。