取り越し苦労

取り越し苦労はおそらく人間にしかないだろう。他の動物は未来を予測し、何か悪いことがあるのではないかと心配はしない。取り越し苦労は、人間の想像力の産物である。これは、単に主観的なものであることが多い。


主観的であるからには、無限に主観的であることが可能である。自分の想像力を働かせて、想像できうる限りの悪い未来を描き出すことも人間にはできる。


しかし、現実にはそんなことは起こらないことも多く、単なる思い過ごしということもずいぶんとあるものだ。現実に起こらないことを想像して、余計な心配をするというのはエネルギーをすり減らして浪費していることにもなる。


未来には何が起こるか分からない。これは確かなことである。未来を予測することは出来るが、しかし、決してあらかじめ決まっているわけではない。ほぼ確実にそうなるだろうと思えるほど確かなことであっても、それが起きる可能性は100%とは言えない。


ただ、悪い未来ばかりを描いていたずらに不安になり、エネルギーを浪費するのも考えものだ。また、逆に「いい未来だけを描く」というのも現実からそれてしまって独りよがりになる可能性もあり、危険である。どちらも極端に走ると現実から遊離した「空想」「妄想」の世界となる。


どうするか。まず、起こりうることを冷静にシミュレーションする。考えるときに不安になると、たいていいいアイディアは浮かばないから、平常心で。その後は「未来には何が起きるか分からない」ということを前提とし、そして、「何が起きてもそれにすぐ対応できるようにしておく」というのがベストではないだろうか。


これは、身体を開放しておくこととも深い関係があるだろう。武道で言えば、「何処から攻めてこられてもすぐに対応できる姿勢」ということになるだろうか。江戸時代の武士だったら、いきなり敵が刀で切りかかってきても、遅れないで対応せねばならない。言い訳は効かない。


予測のつかないことにいきなり遭遇すると人間は固まってしまう。そして、どんどん融通が利かなくなっていく。これも、プレゼンスとおおいに関係のあることだろう。普段からプレゼンスを育んでいれば、そういった場面の対応力を養うのにきっと役立つに違いない。